Sign Language as Language

言語としての手話

障害者福祉から離れた視点で


Last update Jun.19.1993.
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◎ 初めに: 手話は言語なのか、という問いに対して

 一般に言語、特に自然言語と通称されるものは、音声を媒体としたものに限定されるのが普通である。しかし音声以外のものを媒体にすることが不可能なわけではない。極端な話をするなら、匂いを媒体とした言語もあり得るし、痛覚を利用した言語もあり得る。ただ、たまたまそういう言語が存在しないだけのことである。音声以外の媒体を用いる自然言語は、今のところ手話しかない。(つまり手話以外のものは言語ではなく、単なる信号にすぎない、と見做している。言語とは何か、という問題に触れるとややこしくなるので、ここでは「手話は言語である」という前提の下に話を進めることにする。)

◎ お断り

 特に但し書きのない場合、「手話」という言葉は、手話一般、或いは日本で使われている手話を指す。

 聾者、聾唖者という言葉が混在しているが、これは筆者がこの二語をどの様に使い分けるべきか判断に苦しんでいる表われである。


1 手話を論じる為の基礎知識

2 手話に対する偏見

3 音声言語と手話の主な違い

4 手話を言語として扱うには

5 まとめ

 手話はまだ若く、不安定な言語である。これはある意味ではマイナス要素である。しかし、それは同時に利点でもあると言える。つまり、手話は「言語の誕生」という世に稀な、ダイナミックな現象を観察する絶好の素材なのである。渾沌の中から、人間がどの様に言語を作り上げて行くのか、それを手話は教えてくれている気がする。また、これまでの言語学が見落としていた、なにか重大なものに気づかせてくれるような気もしている。

 勿論、これは期待のしすぎかも知れない。だが少なくともこれからの言語学で、手話が重要な分野になることは間違いないだろう。


参考文献

『手話言語の記述的研究』米川昭彦 1984 明治書院

『手話をめぐって』F.C.パン、田上隆司、前田芳弘、森明子 1976 文化評論出版

『手話の諸相』F.C.パン、伊藤政雄ほか 1978 文化評論出版

『人間(ヒト)は手で話す』G.マラリー 1990 PMC出版

『耳の聞こえない子どもにコトバを ソビエトの聾唖児教育』

                     K.D.ブロニスラバ 1976 鳩の森書房

その他 (書名などを控えていなかったもの若干)


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NAKAZATO, Chigen(chigen@ling.is.tohoku.ac.jp)